硫黄の匂い立ちこめる温泉街で「ナイト・サファリ(パーク)体験」が出来るとは、僕を含め同行メンバーもこれっぽっちも思っていなかったのですが(一体、誰が想像出来るんだろう?)。実際、お世話になった “巨大ホテル” の提供する「力押しのおもてなし」に別府地方、いや九州地方全体の “底知れぬタフさ” を感じたのでした。今回は初めて訪れる場所なので、「大分探訪♯0」としてワクワクをめぐる冒険をお楽しみください。
「わたしと一緒に “九州地方” に向かってみる気はあるかしら?」_ GWにさしかかったある日、地元(出雲だ)のガールフレンドから誘いを受けた。「九州地方? 被災地のボランティアか何かか?」と一瞬思ったけれど、ちょうど地元行政(商工会だ)に提出するための経営企画書を作成していた僕としては気分転換を図りたかったので、「いいよ、予定を空けておくよ。」と二つ返事で答えた(それに予定なんてほとんど無いし)。
当日、出雲大社近くの駐車場で待ち合わせをして、旅程を訊いたらなかなかの弾丸ツアーだったのだけれど。運転はロビン_彼については今後、登場回数も増えてゆくと思いますが、僕の出雲での “足(CUBEだ)” を確保してくれた人物で今回、彼の元職場である別府の “巨大ホテル” に泊まることになっていた_が担当するということで気が楽になった。『水曜どうでしょう?』ならぬ「火曜どうでしょう?」(当日は火曜日だった)の始まりだ。
「島根県を抜けるまでに四時間、九州入りしたらその後は二時間。」_ ロビンの詳細な案内を訊きながら「火曜どうでしょう?」チームは広島→山口→大分と車を順調に走らせた。途中のサービスエリアでは悪ふざけで「わさびアイスクリーム」や「紅葉まんじゅうサイダー」など、ご当地グルメ(?)を無理やり口にする場面もあったけれど。旅団の名前からしてふざけているのだから仕方ないと、アイスクリームを舐めて顔をしかめる僕でした_
_九州地方に入った途端、「あ、ここはもう土地が違うんだな。」と思うくらい日差しが強くなり、眺める景色も雄大なスケールになった。ロビンの元職場である “巨大ホテル” は大分県は別府の市街地から少し高台にあるのだけれど、ロビン曰く「馬鹿みたいに資本を投下しているので、腰を抜かしますよ想像のギャップに。」とのことだったんだけれど、なるほどフロントデスクも長いし、僕らの部屋は想像していた以上にゴージャスだった。
「大分に来たらここ。」と太鼓判を押すロビンに誘われて、とり天発祥の店である『東洋軒』で夕食をとったのですが。実は僕、肉の中でも鶏肉が一番好きでして、もちろんとり天も以前に東京で食べたことがあるのですが、発祥の店ということで期待値は高かったのですが、その期待値を超えるくらいの美味さでした。欲張って麻婆豆腐も付けたんだけれど、甘辛ソースで仕上げたそれも白いごはんが進みました(あー、書いていても涎が出る…)。
僕は出版社時代に仕事で全国津々浦々を旅していたのですが(どんな仕事かって?……まあ、要するに本の宣伝みたいな仕事です)。大分県って一度も訪れたことがなかったですね(秋田県と青森県に足を運べば全国制覇したことになる……)。そういうこともあって今回、二つ返事で今回の旅に乗っかったのですが。知らない土地を訪れるって脳内物質がバンバン出るので好きです、臨戦態勢に入るというか……そう、ワクワクするんですね。
“巨大ホテル” のことについて少し書いておくと、創業は40〜50年前からなんだけれども。バブル崩壊後やリーマンショックなど途中で何度も経営難が訪れて、いまは外資系企業Oが参画して再建計画を遂行しているらしくて。とにかくまあ、「力押しのおもてなし」が随所に施されていて。この「イルミネーション化計画」は初めは小規模だったらしく、現在は別館含めて規模を拡大しており最近では「プロジェクション・マッピング」まで導入しており_
_ホテル経営についてはよくわからないけれど、野球で喩えると「来た球はとりあえず打ってゆく、かすればそこそこの塁打になるから。」みたいな感じです。熊本・大分大地震の影響もあって客足は激減している中でも、外国からの観光客(ここ別府では韓国からの訪問客が多い)の心をしっかり捕まえて。それなりに “湯屋千客万来” の状態なのでした。それにしても、屋上にある温泉のラスベガスさながらの照明ショーも度肝抜かれたけれど……。
この旅、唯一の誤算は『耳せん』を持参しなかったことで、その夜ロビンのいびきで一睡も出来ず夜明けを迎えた僕でした。その代わりと云っては何ですが、別府湾(?)沖から出る朝陽の美しさを目にすることが出来ました(実は前日の夜も数時間しか眠っていなかったのでよっぽど「火曜どうでしょう?」チームの紅一点(出雲ガールフレンドだ)の部屋のドアをノックしようと思ったけれど……臆病者なので止めておきました、やれやれ)。
「焼き加減はミディアムでよろしいでしょうかミスター?」_ “巨大ホテル” の料理長自らオムレツを焼いてくださるという格別の朝食をいただきながら、「火曜どうでしょう?」チームは旅の目的地である由布院を目指すのでありました(今回の目的は、出雲ガールフレンドの知人である作家さん_後ほど紹介します_の個展を見に行くのが目的だった)。でももちろん、僕らはおふざけチームなので旅程はどんどん横道に脱線してゆくのですが……
「そのまま由布院に向かうのも良いけれど、どうせなら “地獄” に立ち寄りませんか?」_ またロビンがおかしなことを云い出したぞと思いながらも、僕なんか生前ろくでもないことをこれからもするんだから死んだら先ず間違いなく “地獄” 行きになるんだし(強く頷いている人びとの顔が思い浮かびますが……)ここは一つ見学でもしておくかということで行ってきました “地獄” に……僕らが立ち寄ったのは「海地獄」だけだったのですが_
_他にも「山地獄」とかバリエーションがいくつかあって、国指定の名勝ということもあってなかなかの “地獄” っぷりでした(僕はもっと張りつけの刑にあっている人間とかいるのかなと内心ビクビクしていたんだけれど、どうやらそういうのは本当に “地獄” に行ってから体験する感じでした)。朝食でお腹はいっぱいだったのだけれど、 「峠の本格“地獄” 蒸しプリン」が美味しそうだったので別腹におさめておきました。“地獄” も商売上手みたいです。
「ザッッッッッッッッパァァァァァァァーーン!!!!!!!!!」_ 突入と共に辺りを揺るがすほどの爆音と、大量の水しぶきが降り散るのを目の前にしながら。「何でまた僕はここにいるんだ?」と思いながら呆然と立ち竦んでいた(撮影に夢中で危うく水浸しになるところだった)。別府と湯布院のちょうど間にある場所に、 “KIJIMA AMUSEMENT PARK” があるのを知ったチームの紅一点が「どうしても乗ってみたい!」という鶴の一声で車は遊園地に向かった_
_僕は昔からジェットコースターの類いは得意な方で、「サクっとやっつけて次へ行こうぜ。」と最初は格好をつけていたのですが。園内の目玉アトラクションである「ジュピター」_なんでまたそんな名前を付けたんだろうという疑問もあるのですが_という木材を六万本を使用したジェットコースターに乗ったらですね、致命的に三半規管を破壊されるという結果になりました。この後、僕はチームメンバー二人が愉しむ中、小一時間ほどベンチで休憩していました。
「この遊園地はもう二度と行かないだろうな。」と愚痴をこぼしながら、脱線した旅程を軌道修正して一行は由布院へと向かい直したのがお昼過ぎで。由布院駅に到着した頃には気温が二十五度(!)以上もあって、僕らは昼食に冷たい蕎麦で “涼” をとる場面がありました。九州地方は以前に鹿児島や熊本など訪れたことはあったのですが、久しぶりに来て「そうそう、日差しが真っすぐなんだよな。」と恨めしそうに太陽を仰いでいました_
_今回、出雲ガールフレンドの誘いで訪れた旅の最終目的地は、『由布院駅アートホール』という場所で。彼女の知人である、佐野行徳さんの作品展「けしきのかたち」を見に来たのでした。由布院駅は漆黒柱をベースに簡素だけれどしっかりとした存在感を出していて、僕らが訪れた時にはちょうど韓国人の旅団がたくさんいて、さながらアジア・ギャラリーに来ているような錯覚を起こすような雰囲気が出ていました。良い意味で予想外でした。
佐野行徳さんはかつて大分大学で美術を学んで、いまは大分以外の場所(僕の移住してきた島根県の松江市など)で創作活動をして発表されているとプロフィールに書いてあり、今回、作品のテーマである “けしき” という言葉は、主に茶道の世界において釉薬と焼成による「なだれ」や窯変、斑文(はんもん)など、器表面の表情を指す「景色」に由来するとも説明されていました。展示作品を僕もじっくりと見ながら、なるほど “器” 作品を手にしたような_
_何とも云えない愉しみがあるじゃないか、と驚きつつ。実際に作品に顕われた無骨かつ繊細なマチエールを佐野さんは「主人公」と仰っているように、酸化した金属などを想起させる画面には、茶碗の見所のような「景色」としての存在感があるなあと感心する僕なのでした。僕も絵描き・創作家の “端くれ” として佐野さんの作品のようなを少しでも世に投じていきたいと旅の最後にキュッと締めてくれたのでした(本当に刺激的な作品が多かったです)。
そのあと、由布院駅から別府を経由して山口と広島と帰って行ったわけですが、どういう経路を通ったのかはあまり覚えていません……二日間も徹夜続きの身体に途中で気温が高くなったり、老体に鞭打ってジェットコースターに乗ったりしたものだから。車中は後部座席で眠り猫のようにこってりと横になっていました(その他にも湖に立ち寄ったりしたのですが、出鱈目な旅程だったことはお伝えしておきます)。でもまあ、今回は良い意味で肩の力を抜いて旅行が出来ました。
肩の力を抜いてで思い出したわけではないのですが、僕には熊本に移住した「肩の力抜き師匠」がいるのですが(東京で僕の髪を切ってくれていた女性)。今回は大分止まりでしたが大地震の影響をこの目で確かめようと、それで九州地方に足を運んだわけですが。やはり由布院の街だけでも立て看板や屋根瓦を改修工事している店や住宅が目につきました。熊本地方はおそらくそれ以上の影響があると思いますが、いまはただいち早い復興を願うだけです。
[了]
《 次回予告 》
大分探訪を終えたばかりの PANKICHI のもとに、「古民家再生計画」で新展開のニュースが入る!! 京都探訪に向けて創作の準備も進めねばならない中、PANKICHI は土壇場である “秘策” を思いつく。しかし行く手を阻む新たな “敵” も現れて窮地に陥る PANKICHI 、彼の冒険奇譚はどこまで続くのか??
次回、「出雲移住計画_転んだのは達磨さんだ(仮)」
次回もワクワクをめぐる冒険を!!
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