“One can’t believe impossible things.
I dare say you haven’t had much practice.”_
「人間(ひと)は不可能なことは信じられないものよ。
あなたは未だ信じる練習が足りないんじゃないかしら?」_
“Alice in Wonderland”より
♯1「冒険、再び。」
一年半ぶりに乗る飛行機には何の感慨もなかったけれど、バスや電車を乗り継いでいくうちにようやく『移動』の感覚を取り戻してきた。身体の重さはまったく変わらないけれど、フットワークはいつの間にか重たくなっていたようだ。今回の旅は、《巡礼の旅》と題して島根県を再訪してお礼方々、『海辺の町の田舎暮らし体験』をするのが目的だ。出発を決めたのが直前だったため、出雲空港行きの便は満席でキャンセル待ちの状態。アクセスルートを探っている間にも高速バスの空席も埋ってゆく状態だ(オンシーズンの初めの連休ということもあって、ただでさえ少ない直行便は短時間で SOLD OUT になってしまう)_ 昔取った杵柄じゃあないけれど、無い知恵を振り絞って別ルートから現地に入れないか考える。視野を広げてみると_Google Earthみたいに_隣県に米子(鬼太郎)空港がある。仕方がないのでチケットを手配する。空港からシャトルバスが出ているはずだから松江駅前に運んでくれるはずだ。松江駅から宍道湖を周回しながら、電車で移動すれば目的地の出雲市駅に辿り着くはずだ(滞在先はそこからさらに車で移動して、日本海側に面した海辺の町なのだけれど)。さて、どうなるやら_
♯2「海辺のパンキチ。」
海辺の町の朝は早い。陽が昇る前の朝四時頃には漁師たちが小さな港から船を出す。船と云っても大人が一人か二人しか乗れない小型ボートだ。漁師たちの数もそれほど多くはないので、各自で準備をして港から出てゆく。漁師仲間がいれば天気や時化(しけ)の様子はどうとかそいうった細々とした情報を交換している。それでも彼らは手を休めず、(当然だけれど)長話はしない。漁師たちが居なくなってしまうと今度は、町のその他の人間たちが車のエンジンを点けて動き出す。漁業以外の仕事を持つ者たちは、ここから数十分の場所にある職場に向かって通勤している。やはりこちらも船と同様に小型車が中心だ。当たり前だけれどプリウスなんて一台も通ってやしない。その頃になってようやく陽が昇ってくると今度は、人間以外の小さな生き物たちが目覚め始める。山あいで鳴く蝉や鳥たちの合唱を聞いて、僕は散歩しながらこれら一連の小さな海辺の町の営みを眺めている。その間も海は絶え間なく波を寄せては引いてを返している。台風一過の今日は午後から晴れる見通しで暑くなりそうである。海辺の突堤に建てられた小さな灯台が点すサファイア色の光は今では弱々しくなってきている。ジェイ・ギャツビーになった気分をしばし味わう_
♯3「移住者、大いに語る。①」
「四十歳を過ぎた辺りから東京を離れてどこか海の見える場所で静かに暮らせればなあと考えてきました。そして、六十歳の定年を迎える一年前から次の住処を探し始めました。こちらの海辺の町に巡り会ったのはある映画作品のロケ地として使われたのを知って、実際に訪れてみようと思ったのがきっかけです。」_ 海が好きで昔からヨットだけはやってきたと語る男性のご自宅には仲間たちと一緒に写ったヨットレースの写真やロープの結び方見本が飾られており、自宅の前には手漕ぎ用ボートがシートに包まれた状態できちんと管理されてある。海が穏やかな時にはそのボートに乗って自然を満喫しているという。お話しを聞いていると本当に悠々自適な生活を送っていらっしゃるのがこちらにも伝わってくる。男性のご自宅を訪れたのは、I・Uターンでこの鵜鷺(うさぎ)エリアに移住して来られた方々のお話しを聞くという今回のプログラムの一つでちなみにこの男性の場合は I ターンに当たる。僕は東京を一度も出たことがなかったから、この男性のお話しを興味深く聞かせてもらった。「田舎は何もないと云われるんだけれど毎日、結構色んなことが次々に起こって新鮮な気持ちで過ごさせてもらっています。」という言葉はとりわけ心に残った_
♯4「呪いのような彼女の一言。」
鵜鷺(うさぎ)エリアは島根半島の西端に位置している(出雲大社から一山越えた北側に位置している)。日本海側に面したこの海辺の町はもともと、鵜峠(うど)地区と鷺浦(さぎうら)地区を合わせて、鵜鷺(うさぎ)地区と呼んでいる。まわりを山と海に囲まれた小さな漁村である。石見銀山よりもはるか昔に銅が掘られて、その物資輸送で栄えたこの漁村もいまでは過疎化が進んで人口が激減してしまった(現在は、240人しか村人が残っていない)。それでも、美しい自然と古い町並みそして静けさが残っている場所だ。僕がこの海辺の町に興味を持ったのは、以前にこの町を訪れたことがあるパートナーの一言がきっかけだ。「山(前回、僕が訪問した奥出雲町のことだ)も良いけれど、住むんだったらこの海辺の町がいいわよ。」_ 彼女の話によるとこの海辺の町には、イタリアのシチリア島も顔負けの『青の洞窟』が存在するらしく冒険家(自称)の僕としてはその絶景をこの目で見てみたいと思ったわけです(その他にこの海辺の町には閉校した小学校を再利用したコミュニティ・センターが在ったり、近海の出雲沖の海水を汲み取って藻塩を作っていたり、農薬を一切使わない炭素循環農法で作物を作っているとあとで知るわけです)。
♯5「移住者、大いに語る。②」
「この鷺浦の山中では、ミツバチを預かっているんですわ。外国でも農薬散布が原因でミツバチが消えたとえらい騒いでおりますが、この島根でも養蜂家の方から連絡がありまして。害虫駆除の薬剤からミツバチを守りたいと巣箱を40箱くらい預かったわけですわ。」_ 山あいを力強く睨みながら熱く語るのは鵜鷺地区を盛り上げようと自治会を管理されている男性(この方はUターン移住者)。聞けばこの山中はその昔、銅山があり多くの鉱夫が携わっていたらしい(山あいの一部は銅山の鉱毒でいまでも木の成長がないのが判るのだが、現在は農薬散布を行っていないためミツバチを預かれる環境が整っている)。説明を受けながらその後この男性が『実験場』と称している山中の畑を見学させてもらったのだが、何でも農薬を一切使わない方法(炭素循環農法)で作物を育てているとのこと。「急斜面の山中を削って作っておるでなあ、なかなか骨が折れるわけですが。それでも今年はほれ、こうして柿や栗、あと桃や蜜柑などが実をつけております。ただ、この畑では鹿が出るんでその対策も考えねばならない。(動物も含めて)自然が9割、人間が1割ですから仕方ないと云えば、仕方ないのですがね(大笑い)。」_ なるほど、の一言である。
♯6「サンチャゴ老と権現さん。 」
台風11号(ナンカー:マレーシアの果物の名前)が去った後の出雲沖は予想していたより波は高くなかったがそれでも時折、波に乗り上げると船底を叩くように大きな音が鳴った。そのたびに僕は舳先に置いた鞄が海に放り出されないか肝を冷やした。午後二時、僕は海辺の町の沖合にいた。小型ボートを運転するのは、先ほど山中で大笑いしていた老師だ。老師は船の舵を取りながら時々、潮目を見て移動ルートを変更した。山中でも覗かせたその厳しい眼差しは、ヘミングウェイの『老人と海』に出てくる老漁師:サンチャゴの姿を彷彿とさせた。そんな僕の思いを他所にサンチャゴ老は沖合の島、『柏島』についてやはり熱く語るのである。地元の漁師たちが毎年、豊漁を願って沖合に船を出し船旗を立てて柏島に祀られている「権現さん」に祈念の手を合わせるらしい(今年は7月31日に祭りが開かれるとのこと)。そして小型ボートのエンジン音が突然、弱くなる_ 『青の洞窟』に着いたのだ。島根半島の入江は複雑に出来ているのでこうした洞窟がたくさん存在する。サンチャゴ老がゆっくりと船を進める。洞窟の暗闇の先に天上から一筋の光が差している。目の前に現れたのはエメラルドグリーン色に輝く水面だった_
♯7「大団円、そして_ 」
「海辺の町の田舎暮らし体験」。最期は参加者と運営スタッフ、そして地元の方々と感想タイムが持たれた。最終日の朝、僕はもう一度、この海辺の町を目に焼きつけておこうとこっそり宿を抜け出して_大体、毎朝4時に目が覚めた_海辺の通りから船着き場、古民家から神社までぐるりと散歩して巡った。途中、中型犬に吠えられたり、やはり漁師の方に会って挨拶をしたりとひっそりと始まる一日を身体で感じていた。僕が去ったあともこの町の日々の営みはつづいてゆくのだなあと思った(その時は気がつかなったのだけれど、あとで奇妙な出来事が起こる)。そして、昭和10年に地元の人たちが手掘り作ったというトンネルを通って町から小学校(コミュニティ・センター)へ移動した_ 小学校では皆が思い思いの感想を述べ合った。島大生の一人は別れが惜しいのか顔を伏せて泣いていた。感極まる中、感想タイムの最後を僕が締めることになった。特別なコメントを残すつもりはなかったけれど素直に、迎え入れてくださった地元の方々や今回のプログラムを組んで温かいおもてなしをしてくださったスタッフの方々に感謝の言葉を贈った。こうして、僕の《巡礼の旅》は終った。そして_
♯8「白ウサギを追いかけて。」
翌朝、深夜高速バスで東京に戻ってきた僕は、渋谷マークシティの屋上階に降り立っていた。おぼつかない足取りで地下鉄の入口に向かう。ハチ公の銅像前を通りがかった時にスクランブル交差点とその上空を横目でなんとなく見やる_ 『情報』が雨降りのように注いでいた。それはまるで近未来を描いた映画のようにソースコードとして降り注いでいた。大型ヴィジョンで新曲を唄うアイドルも、新機種が登場する携帯電話のバルーン広告も何もかもが緑色の数字のプログラムコードで出来ているように見えた。無音で降り注ぐ『情報』のシャワーを浴びながら、僕は足早に地下鉄の入口へと急いだ_ その二日後、僕は奇妙な出来事に遭遇する。仕事場のパソコンを立ち上げた後、何となくまわりの人間のテンポと合ってないことに気がつく。不思議に思った僕はパソコンのディジタル時計のカウンターと身につけていた腕時計の秒針を確認する。パソコンのカウンターは12時30分を表示している。出発前の金曜日の夜に合わせた僕の腕時計は12時18分を差していた_ 呆然と立ちすくむ僕のすぐ側をチョッキを着た白ウサギが忙しそうに走り抜けたのが見えた。
[了]
この物語は基本的にフィクションです。





























































