2015年7月5日日曜日

“LOVEART PAINTINGART”《前篇》


二月の中ごろから五月の連休明けにかけて二つの大判の絵を描き上げた。その間、季節は冬から春へと移り変わり、作品を描き上げた時には新緑の頃を迎えていた。制作の合間に散歩をしていたので季節が少しずつ巡ってゆくのを僕はよく覚えていた。逆にそれ意外の出来事については全く覚えていなかった。身の周りで変わったことと言えば厚手のウールのセーターから洗いざらしのコットンシャツへと衣替えをしただけだ。三ヶ月もの間、近所を散歩する以外はどこにも出かけなかったし、必要がある時を除いて誰とも会わなかった。気がついたら花見の季節も終っていたし、実のところそのくらい僕はその絵の制作に打ち込んでいた_


_以前に旅先で知り合った女性から、「絵描きの生活ってどんなものなのかしら?」と質問を受けたことがあった。その時は、「別に変わったところはありませんよ。」と適当に答えたけれど、最近知り合った女性からも同じような質問を受けた。その時も彼女に言ったけれど、「絵描きの生活ってとくにカラフルなものではないんです。ただ黙々とカンバスに向かうだけですね。気分が乗ろうが乗るまいが、そういったこととは関係なく毎日、飽きもせずに筆を握りつづけるだけですよ。」と。その答えを訊いて、彼女はがっかりした様子は見せなかったけれど、期待していた内容とは違っていたことを示すために、僕に少しだけ微笑んだ_


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絵描きの一日はカンバスに向かうところから始まってそこから離れるところに終る。早い時間だと三時とか四時に起きて一杯のコーヒーで目を覚ましたあと、筆を握ってこつこつとカンバスに向かっている。制作をしている時は基本的に音楽はかけないしテレビやラジオももちろん付けたりしない。ただ黙々とカンバスに向かっている。明け方近くになって鳥たちが騒ぎ出すと筆を休めて簡単なストレッチをする。でもその間も意識はカンバスに集中している。深い井戸にゆっくりと降りたままの状態を保っている。それは文字通り、物理的な休憩であって深層心理の部分では何物かと対峙したまま、僕はその相手の『出方』を待っている_


_そのような攻防戦を午前中まで繰り返したあと、ようやく食事をとることにする。朝食と昼食を兼ねたブランチになることもあれば、ジョギングを間に挟んで遅めの昼食になる時もある。いずれにせよ、それほど多くの量の食事をとることはない(行きつけのカフェでサンドウィッチとコーヒーを頼む程度だ)。食事を愉しみたい時は前もって下ごしらえをして自炊することにしている。そして、出来るだけゆっくりと時間をかけて食べるようにしている。カフェで簡単に食事を済ませたあと、犬の散歩に出かける夕刻までの少時間だけ午睡をとる。自宅のリビングでソファに横になって眠っている間、不思議と夢を見ることは全くない。


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三月の中ごろに最初の大判の絵が完成した(“Levitation People”というタイトルで縦横700mmの作品)。この作品は今まで描いてきた絵の中で一番(登場)人物の数が多くてある街の風景がモデルになっている。この絵の中の(登場)人物たちは皆、空中に「浮遊して」いる。空を飛んでいるわけではなくてほんの少しだけ空中に「浮遊して」いる。不思議なことに(登場)人物たちは、なぜかそのことに気がついていない。そしてこの絵の中の(登場)人物たちは皆、黄色い服を身にまとっている。色彩は黄色で統一されながら、差し込ませた夕焼けの朱色がどこか不安定な気持ちを抱かせる。最初の大判の絵はそのような作品である_


_“Levitation People”(以下、“LP”と省略)を描こうと思ったのはある一枚の写真に出会ったのがきっかけで、写真家:林ナツミさんの「本日の浮遊」展に足を運んだ際に都市の風景を背に女性が「浮遊して」いるのが印象に残ってその時、「(僕の作品ではお馴染みの)パンダを絵の中で浮かせてみたらどうだろう?」と思ったのが始まりでした。その後、そのアイディアは二年間ほど「寝させて」いたのだけれども、今年に入ってジェームズ・マクニール・ホイッスラーの『色彩』そのものにフォーカスを当てた作品群を目にして「そうだ、今なら面白い絵が描けるかもしれない。」とそのアイディアを具体化する機会を得たわけです。


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その段階で、“LP”につづく作品としてもう一つの大判の絵(“The Blue Period”というタイトルで縦横800mmの作品)の構想も思いついたので、“LP”を描き上げた後にすぐに制作にかかったのだけれどこの作品はメリーゴーランドがモティーフになっている。(ご覧になればすぐにお解りでしょうが)この作品では、メリーゴーランドが「浮遊して」いる。“LP”に比べると(登場)人物の数は控えめですが、代わりにメリーゴーランドの数を増やしている。また「浮遊して」いるという楽観的な状況からもう少し深刻な様子を演出したかったので、上空で高速回転するメリーゴーランドから振り落とされている人びとを描き加えている_


_“The Blue Period”(以下、“BP”と省略)を描く上で、僕は個人的にある課題を設けた。それはこの作品を「『現代の浮世絵』に見立ててみよう。」というもので、これは昨夏、僕が某美術館で実際に歌川広重の絵を目にしたのがきっかけになっている。僕自身「現代アート」という観点から真っ向勝負できる作品を一つこのタイミングで残しておきたい想いがあった。そのために日本画、とくに「浮世絵という『歴史』」を串刺しして作品に盛り込んでおく必要があった。“BP”の構図や配置を練るのにたっぷりと時間をかけたのは、そういった事情があってのことで『色彩』は抑えめだけれども、結果的に圧力のかかった絵に仕上がった。

《後篇》へつづく。












































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