2017年1月14日土曜日

京都探訪#2_耳元でささやく者たち篇

“Director’s work, in its character, its Sean, or, the, a word, it depends and is to know the state of what kind of feeling you could express.” _

「監督の仕事というのは、そのキャラクターに、そのシーン、或いはその台詞によってどんな感情の状態を表現して貰いたいかを知る事だ。」_

Stanley Kubrick
スタンリー・キューブリック


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「四条クレンジング・オイル」


「それで……あなたはその “目的” を果たそうとココを訪れたわけね?」_ 髪を洗い流しながら彼女はそう訊いてきたので、仰向けにされていた僕は天井に向かって、そうだと返事をした。「上手くいくかどうかはわからないよ、でも僕はその “目的” を果たすためにココまで踊ってきたんだ。」_ 僕が云ったことをぜんぶは理解できなかった様子で彼女は喉の奥の方からため息に似たような声を洩らした。それから彼女は頭皮マッサージをするためにクレンジング・オイルを僕の頭に垂らし手際良く十本の指で揉み込んだ(普段、ストレスを感じない僕だけど店頭で薦められたので、髪を切るついでに頭皮の血行を良くするマッサージを受けることにしたのだ)_


_「でも上手くいかないかもしれないわよ。“目的” なんて大抵の人は果たせないんだから。」_ 頭皮マッサージを受けて眠たくなってきたところに彼女(=クレンジング・オイル)が呟いたので、僕は意識を取り戻し「失礼?」と訊き返した。「だから、そんなに事が上手くいくのかしらって。そういうのって結構、運に左右されるんじゃないかしら。」_ そう云うとクレンジング・オイルは再び僕の髪を洗い流して予め用意してあったタオルで髪を優しく乾かし始めた。「そうかもね、キミが云うようにそういうのは結構、運に左右されるかもしれない。でも……」_ 僕が喋り出すと同時にクレンジング・オイルは背もたれを起こしてこちらに顔を向けた。


肩越しに覗き込むようにクレンジング・オイルが顔を向けたので、僕はたじろぎながらも次の言葉が出てくるのを待った。「でもさ、希望があるところに “試練” はつきものなんだよ。昔からそう決まってるんだ、それに僕の好きな小説の主人公もそう云っているしね。」_ 「小説の主人公?」とクレンジング・オイルは人懐こい笑顔を見せながら訊き返してきたけど、「いや、何でもないよ。」と云って膝にかけていたブランケットを手渡した。血行が良くなったのか頭が熱かったけど、それが彼女との会話からくる高揚感なのかは判別がつかなかった。そのあと、僕の頭はインド人がよくやるような格好でタオルが巻かれて、彼女の手引きで所定の席へ案内された。


「なかなか変わっている女の娘でしょう?」_ 鏡越しにそう訊いてきた僕の担当者は視線をクレンジング・オイルに向けたいた。「……詩をね、趣味で書いている娘らしくて。とき時、お客さんと話し込む “癖” があるんです。」_ それだけ説明すると彼は「いつもの」ように僕のリクエストなんてこれっぽっちも訊き入れずに髪を切り出した(前回もそうだった)。髪を切っている間、僕らは他愛のない会話をした。どこの店が美味いパスタを出すだとか、僕の古民家再生の様子とかそういう類いの話だ。でも僕の頭の中は先ほどクレンジング・オイルが口にした『予言』のことで一杯だった。「……そういうのって結構、運に左右されるんじゃないかしら。」_













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「上京コンダクター」


髪を切ったその夜、僕は繁華街で食事を済ませてその足で銭湯に立ち寄った。深夜にも関わらず銭湯は混み合っていたから、手早く風呂に浸かったあと涼をとるため商店街をそぞろ歩いた。東京の商店街に比べるとこの街のそれは大人しく感じられるのは深夜営業するような店が少ないためだろう。自動販売機で缶コーヒーを買って飲もうかと財布の小銭を探ってる時に “何か” とすれ違った。振り向くと自転車が猛スピードで走り去る姿が見えたが、ややあって遠くの方で停車した。僕も “何か” が引っかかっていたので、停まった自転車を眺めていたら、乗車していた人間が自転車を押してこちらにゆっくりと近づいてきた。


「これはこれは、絵描きさん。珍しい場所で、会いましたな。」_ 自転車を押しゆっくり近づいてきたのはコンダクターだった。小節毎にブレスを入れるような話し方をする人間は、おそらく彼くらいしかいないだろう。「ご無沙汰だ、指揮者さん。こんな時間に、自転車レース?」_ 僕も真似して返事をしたけどそんなことには一切気づかずに次の質問が飛ぶ。何でこんな時間帯に商店街を歩いているの、古民家再生は順調に進んでいるのとか。ともかく、聴きとれる “音” があれば一音でも洩らすまいという姿勢で、コンダクターはその夜も透明のタクトを振って演奏者に指示を出すように会話の調子を執っていった。


深夜の商店街で再会劇を魅せる中、別れ際にコンダクターはこう云った。「また明日も会うと思いますよ。」と_ 頭皮マッサージをしてくれたクレンジング・オイルといい、そして自転車に乗って颯爽と深夜の街中に消えて行ったコンダクターといい。どうして皆んな “謎かけ” みたいなことを云うんだろう、僕は不思議に思った。わからない、あるいは僕にはそういう「御札掛」みたいな物がもともと備わってるのかもしれない。コンダクターとは翌日、約束をした覚えがなかったけど、彼に云われるとそういう気持ちになってくる。「まるで魔法のタクトだ。」と僕は口に出して云ってみた。その頃には僕はすっかり湯冷めしていた。


翌朝、僕は事前に申し込んでいた区内の朝会に顔を出した。その朝会は抹茶を飲みながら地域の人びとが情報交換をする場で、町人たちが入れ替わり立ち代わり顔を出しては取り組んでる計画や催事等のPRをするのに活用していた。僕は部外者として参加して、町人たちの話を聞きながら、そこで暮らす人びとの悩みやアイディアを純粋な気持ちで共有していた。会も終りに差しかかった頃、畳の間に聞き覚えのある声が届いてきた。「遅れましたが皆様、お早うございます。私も宣伝一つ二つ、宜しいですかな。」_ 声のする方に視線を移すとコンダクターがチラシを片手に立っていた。彼は僕と目が合うと素早くウィンクをした。





















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「九条ロイド」


その日、僕は京都郊外にある本屋さんを訪れていた。前回は店の都合で十分な取材が出来なかったが、今回は時間をしっかりとっていただき店主の話に耳を傾けることが出来た。でも、僕の心はどこか虚ろだった。その理由は店主の質問で明らかになる。「今回は “モデルさん” とご一緒じゃあないのね?」_ ええ、今回は一緒ではありませんよと答えるので僕は精一杯だった……。モリゾ_ ベルト・モリゾ、それが彼女の名前だった。彼女はやはり姿を現さなかった……頭皮マッサージをしてくれた女の娘(クレンジング・オイルだ)が僕に予言したように、「そんなに上手くいかな」かったのだ。やれやれ_


_意気消沈したままホテルに戻った僕は夕食もとらずにシャワーを浴びて一眠りすることにした。連日の本屋巡りと慣れない土地で運転をくり返していたせいか実際のところ僕はくたびれていた。それに、ベルト・モリゾと会えなかったことで僕の心は少なからず傷ついてもいた。ベッドに横たわり彼女の事を思い出そうとしたけれど、意識は混濁の中に沈んでいった。どれくらい横になっていたのだろう目覚めた時、僕は “奇妙な静けさ” の中にいた。きっと深夜だろう……そう思って上着を羽織ってホテル内をおぼつかない足どりで散歩した。ふと気がつくと、レストラン奥のバー・カウンターに明かりが灯っていた。


おかしいな、レストランの営業が終わるとバーも閉まるはずなのに。そう思いつつ照明の落ちたレストランのフロアを抜けてバー・カウンターの席に着いた。綺麗に磨き込まれた酒瓶がズラリと並んでいる棚をひとしきり眺めていたら、カウンターの隅から一人の老バーテンダーが現れて僕に向かってこう訊いてきた。「トランス様、何かお飲みになられますか?」_ 面喰らった僕はそれでも条件反射的にジン・トニックを注文した。トランス様? 「こう静かだと、幽霊が出てきそうだよね。ええと……」_ 「ロイド、そう呼んでください。」と老バーテンダーが申し出たので酒を作ってくれた礼をロイドに伝えてグラスに口をつけた。


「今日はひどく落ち込んでいてね、ちょうど酒を飲みたかったんだ。」_ 僕は誰かに弁解するように、綺麗に磨き込まれた酒瓶に向かって呟いた。それをバーテンダーのロイドが汲みとってくれて僕にこう忠告した。「トランス様、一つだけ差し出がましいことを申し上げますが、酒を飲むのは大抵気持ちを落ち着かせる時に飲むのです。それと気持ちを落ち込ませるのは大抵この場にいない人間たち、そうこの場合は女たちです。」_ 僕はしばらくの間、関心したようにロイドの顔を眺めていた。それから、思い出して絞り出すように声にして云ってみた。「実にその通りだ。」 そして、氷が溶けて薄くなった酒を飲み干した。
























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「堀川カクテル・シュリンプ」


個展の準備で市内外の本屋さんの取材も無事に終えることが出来たし、取り立てて用事もなかったのでそのまま出発しても良かったのだけど。滞在中コンダクターにずっと誘われたので新しく出来たという、コワーキング・スペースのレセプション・パーティーに顔を出すことにした。僕は昔からパーティーという名の付くものが苦手で、大人数の集まる場所では何をして良いのかわからなくなってしまうのだ。案の定、会場が盛り上がっているのを余所に僕は早速手持ち無沙汰になり、目立たないようにノンアルコールの飲み物を片手に会場の隅っこで窓の外の景色を眺めていたら。一人の女の娘が親しげに話しかけてきた_


_「さっきから観察していたけどあなた、そこで暇をつぶしてるんでしょう?」 振り向くと会場の受付係をしていた女の娘が僕の背後に立って、わざとらしく怒ったような仕草で腕組みをしていた。とっさに僕はこう云った。「酔いを冷まそうとしてたんだ。別に暇をつぶしていたわけじゃないよ。」_ でも彼女は見透かした様子で目を細めながらこちらをしばらく見ていた。不味いな……コンダクターの知り合いじゃあないと良いんだけどと僕は思った。「まあいいわ、私もパーティーって苦手よ。今夜はね、頼まれて手伝っているだけだし。それよりあなた、何も口にしてない様子だけど何か食べ物を持ってきてあげるわよ。」


そう言い残すと彼女はパーティー会場の真ん中まで魚が泳ぐように人影をスルスルと歩いて行って、紙皿にカクテル・シュリンプを装って戻ってきた。「あなた、海老は好き?」_ 紙皿と交換に僕が手にしていたプラスチックのコップを奪いつつ、彼女が訊いてきたから「海老は好きだよ。もちろん。」と僕は間の抜けた台詞で答えた。僕が海老の尻尾を器用に手で掴んで食べてる間、彼女(=カクテル・シュリンプ)はパーティー会場でたまに受付係の手伝いをするのだと教えてくれた。「正直云って、私もパーティーって苦手よ。でもこうやって人がたくさん集まって、愉しそうにしてる姿を見るのは好きよ。」_


_カクテル・シュリンプの直裁的な物言いは不思議と僕の心をリラックスさせたし、それに親切にしてくれたこともあって僕は彼女に好感を持った。「キミみたいな女の娘がいると正直、パーティーも悪くないなって思うよ。」_ 僕は素直にそう思ったので彼女に伝えたら、カクテル・シュリンプは今度は真面目な顔つきで僕の耳元で囁いた。「ここだけの話ね、ココではね何もかも “あべこべ” なのよ。それはよく覚えておいて。」_ それだけ伝えるとカクテル・シュリンプは声に出さず、じゃあまたねと口だけ動かして、受付へ戻って行った。僕は彼女のしなやかな動きを目で追いながら、閑かに何度か首を振った。




[了]

























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<次回予告>



予言や忠告、謎かけや秘密に溢れた京都探訪を終えた画家は、ひと息つく暇もなく再び古民家再生のクライマックスへと突入する。築112年の古民家がようやく再生すると共に個展の制作も、ほどなく最後の仕上げへと向かうことになる。タイムリミットが近づき怒濤の追い込みが始まる中、画家は体力・気力の限界を迎える。果たして無事、本住まいの家へと引っ越すことが出来るのか?! 次回もワクワクをめぐる冒険を!!



次回「出雲移住計画 #6 _ 古民家再生はつらいよ篇(仮)」 









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<後日附記>



ここに収められた物語は基本的にフィクションです。実在のモデルがいるのかどうかは問題ではなくて_実際にモデルなんてほとんどいないんだけど_登場する奇妙なキャラクターたちを通じて物語の底に流れる通奏低音を聴きとってもらえればと思います。この文章を書いている段階で、古民家再生も個展開催も無事終わっているんですが。8月の京都探訪を終えたところで僕は結構、個展開催に向けた制作のプレッシャーも感じていたし。古民家再生の進行も予断を許さないくらいスケジュールが詰まっていたんですね。いま思えばよくこの期間を乗り越えたよなあって感じるのですが、人間最後は火事場の◯◯力が発揮されるもので、渦中にいる間はそんな冷静なことも云ってられないわけです。とにかく毎日、前に進むことだけを考えて絵の制作が終わるまでは仮住まいの家に帰らないみたいなこともやっていました。



またベルト・モリゾに会えなかったことは僕の中でショックではあったのですが、でも却ってそれは功を奏したところがありまして会えなかったことで気持ちに踏ん切りがついたというか、絵の制作と古民家再生の作業に集中することが出来たわけです。でもまあこの事が個展の作品の方向性が別のところへ舵を切ってしまったことは、あとになって解るのですが。この段階ではまだ気がついていないわけです。つまり、彼女に会えなかった想いというのが作品の中に昇華されることになるわけですが。その辺のところは次回の京都探訪で明らかにしてゆきたいと思います。冷静でいられない自分も必要だったけれど、冷静でいる自分もまた必要だったなと今では反省してもいます。物語というのは本人の意思とは別に大きな力によってとにかく動いてゆくのだなと。でもまあ、そーゆーのがないと物語は面白くないんだけど。