_築百年以上も経った古民家の土壁はひび割れて、一部は壁から剥がれ落ちて崩れてた。「いきなり漆喰を塗っても補強になりません、先ずは発泡スチロールで穴を埋めます」と再生士さんは手順を丁寧に説明しながら実際に、崩れた土壁の穴に発泡スチロールを詰め始めた。僕も見よう見まねで(気が遠くなるような)穴を埋める作業にとりかかった。
漆喰を塗り始めてから三日後、僕は何とも云えない充足感に満たされてた。左官作業も初めてでコテを使う手もおぼつかなかったけど、それでも「自分の手で何かを造ってるのだ」という手応えを感じ始めてた(元々、根気だけは良い性格だったから黙々と作業をするのはそれほど苦痛を感じなかった)。それにスペイン産の漆喰は良い香りがして気分が良かった_
_古民家の二階の土壁をすべて塗り終えるのに一週間くらいかかったけど、休む間もなく一階の「水まわり」のタイル貼りの作業にとりかかった。僕らが作業を急いでた理由は工期が決まってたこともあるけど、塗った漆喰や貼ったタイルが乾いて定着する「適した季節」を考えると。この夏中に作業を終えておく必要があった(秋に個展も控えてたこともある)。
この頃の僕の生活は古民家再生と個展準備に絞られてて、その行動範囲も高台の古民家 ⇄ アトリエ(図書館やカフェ)⇄ 仮住まいの古民家と限定されてた。早朝に目覚めたら簡単に朝食をとって高台に向かい、正午を告げるサイレンが鳴ると仮住まいの家に戻ってシャワーを浴びて。車を運転して市内の閑かな場所で絵の制作にとりかかった(眠気とつねに闘ってた)_
_絵の制作は古民家再生の作業よりもシビアなスケジュールで作品毎に締切りを設けてたから、仕上がらないと仮住まいの古民家に戻らず徹夜で制作することもしばしばだった(その時は気がつかなかったけど極限の状況の中で、次第に僕は自分の「限界」を超えて “ゾーン” と呼ばれる<超・集中力の領域>に突入していった。不思議な『声』を聴きとれるようになったのもこの頃からだ)。
予算の都合で土台が出来てる土間(玄関だ)に風呂を造り、ゆくゆく民泊業を開業したら女性客も来るだろうと洗面台も南仏風に造り直し、使える状態ではあったけどついでだからとキッチンも調理しやすいシンプルなシンクを据え付けることにした。それと二十一世紀に生きる僕としてはトイレもエコロジカルに「コンポスト型」のタイプを導入することにした(カナダから取り寄せた)_
_十月の初めに東京から一台の中型トラックが僕の住む海辺の村にやって来た。引越し業社が到着するまでの間、古民家の中は何十回も大掃除してたので準備は整ってた。見慣れた家具、使い慣れた食器たち、そして描き上げてきた作品たち……半年ぶりの再会に僕は妙な感動を覚えた(知らず知らずのうちに僕は「東京で暮らした生活」をどこか恋しがってたのかもしれない……)。
孤独でなかったと云えば嘘になるかもしれない。慣れ親しんだ東京を離れることも初めてだったし、半年間ほとんど誰とも会わずに黙々と作業に打ち込んでたから淋しくなかったとはとても云い切れない。でも古民家再生や個展準備を進めながら僕は「新しい孤独」を積極的に受け入れてゆこうと心に決めてたから、それに堪えながら「やるべきことをやってる」という実感はあった_
_十月某日、僕は高台の古民家に引っ越して(出来上ったばかりの)二階の窓から『風車のある風景』を改めて眺めて。翌朝もその風景をベッドの上から眺めるんだけど、見たこともないような美しい茜色の空が広がってて。その時になって僕はようやく、「ああ、僕はきっと皆んなのために “舟” を造ってたんだなあ」って気がつくわけです。旧約聖書に出て来るノアの箱舟を。
[了]
《 次回予告 》
鳴りつづける太鼓のリズムに合わせて、踏み足を止めずに踊ってきた PANKICHI はついに高台の古民家に移り住む。それと同時に個展準備がいよいよクライマックスに差しかかる。個展開催のため最期の京都探訪に向かった画家の前に、小木蓮という謎の人物が現れる。彼は PANKICHI の絵を見てある告白を始める_ そして、画家が果たせなかった “目的” の行方は? 一連の物語に終止符が打たれる京都探訪(完結篇)に乞うご期待!!
次回「京都探訪#3+#4(完結篇)_ 小木蓮のクリスマス・ストーリー」
《 後日附記 》
九月のその “ゾーン” 期間に僕が身につけた『能力』というのは、人間の聴覚を発達させたものだったんだろうけどいわゆる、「虫の声」を聴きとれるようになったんです。それは幻聴とは明らかに違うもので、“彼ら” が語りかけてくる声が耳をすませてると解るようになった。でも正確なことを云えば僕は本来、“昔から” その『能力』を持ち合わせてたんだと思います_
_でも長らく「ノイズが混じった生活」を送ってたから、その『能力』の存在を忘れてたわけです。こちらに来てから「ノイズが混じった生活」を送ることもなくなり、その “ゾーン” 期間に突入したことで僕の『能力』の存在が顕れてきたのだと思います。彼らが語りかけてくる声は実に示唆に富んでて、初めは「僕の頭はいかれちまったのか?」と心配したのだけど。
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どうもそういうことでもなさそうだと解ってきてからは、今度は視覚も別の『能力』を帯びてきたみたいで。個展のための作品を描いてる傍ら、スケッチブックに呼ばれたような気がして。ペンを走らせるといままで描いたこともなかった、「双子の女の娘」が紙の上に立ち上がってきて。“彼女たち” はその後も(僕が忘れた頃に)とき時、気まぐれに遊びにやってくることになった。
「出雲移住計画」っていうのはユーモアを交えてるものの、初めから僕の『生存記録』を付けておこうと書き始めたもので。途中から個展準備で「京都探訪」のエピソードが加わってくるんですが、こちらは『滞在記録』を俯瞰視して付けておこうと物語調で書き起こしてゆくんですが。次第に二つの記録は不思議な磁力を帯びてきて、互いの物語を補完し合うようになった。
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意図したわけでもなく二つの物語は特別な関係を結ぶようになり、『生存記録』の方でも物語調になったり『滞在記録』の方でもリアリズムの文体が出てきた。とくに「京都探訪」のエピソードは更新を加えてゆくにつれ、その内容はフィクショナイズされてゆき。次回の更新内容はほとんど創作の物語になります(どうしてそんなことになったのか僕も説明がつけられないけど)。
でも「説明がつけられる」ことっていうのは大抵、人の心に留まらない単なる『情報』だと思います。僕は物描き(書き)だからどちらかというと、「説明がつけられない」ことに興味が惹かれます。そこでは不思議な声が聴こえたり奇妙なキャラクターが行動する。そしてその声なり行動が人の心に留まると信じてます。解答を求めがちな人びとに疑問を突きつけるのが僕の使命なのです。