2016年5月30日月曜日

出雲移住計画 ♯03 _ モナリザの微笑み、達磨サンが転んだ、スッポンの捕物帳

店内に入るとパン屋特有の香ばしいにおいが鼻をくすぐった。カウンター奥のオーブンでは新しいパンを焼いているのが見えた。コの字型に敷かれたカウンターには出来立てのパンが並んで、手に取られるのをいまかいまかと待ち続けているようにも見えた。「どれも美味しそうですね、それに品揃えも実に豊富だ。」_ 実際に商品のパンを見てみると食パンやフランスパンのほかに、キッシュやタルト、クロワッサンやフォカッチャなんかもある。チーズを練り込んだパンもあればイチジクのパンも用意がある。「お気に召していただいて、光栄ですわ私としても。」_ 言葉少なげにそう答えたパン屋のオーナーらしき彼女の口元はまるでモナリザの絵みたいに微かな笑みを浮かべていた。営業的な笑みではなく彼女の内側からにじみ出たような素敵な微笑みだった。









大分探訪を共にした地元のガールフレンドに先日、「大社近くにあるギャラリーに顔を出すと良いわよあなた。」と云われたので_僕の今後の創作活動のヒントになる展覧会がギャラリーで開かれているらしく「とにかく見てらっしゃい。」って云われたので(彼女に誘われて向かった由布院の展覧会はことのほか良かったので、彼女の巫女的な『御告げ』には従うようにしている)_街にのこのこと繰り出してギャラリーに立ち寄ったら、どういう理由か閉まっていたので(もちろん営業時間は確認して出かけた)思案していたら、パンを焼く香ばしいにおいがしたので隣の店を覗いたら件(くだん)の彼女がこちらを見ながら微笑んでいた。「ギャラリーのことについて何か知っているかもしれないな。」と思って僕はそのまま吸い込まれるようにパン屋に立ち寄った_









「隣の****ギャラリーなんですが、今日はもう閉まっているんでしょうか?」_ 僕は店内の様子を伺いながら、出来るだけ失礼がないように訊いてみた。モナリザの絵としての彼女は微笑みをやや後退させながらも僕の質問に回答を出そうとしていた(彼女は今度はロダンの彫刻みたいに下顎に手を添えて考え込んでいた。僕はそんな彼女の真摯な姿勢にとても好感を持った)。「扉は閉まっていても鍵は開いているはずだからお声をかけてみてください。」_ 彼女の出した意外な回答に僕は正直半信半疑だったけれど、ともかくやってみるしかない(『御告げ』に従うのがこの土地の処世術なのだ……)。僕は後ほどパンを買う約束をして店を出た。そしてパン屋の彼女が予言したようにギャラリーの扉が開いたので(開けごまだ)、恐る恐る声をかけてみた。









「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」_ 返事が全くないので僕はギャラリーの奥に向かって何度か声をかけ続けた。「そんなに何度も声を上げないでおくれよ。」_ 突然、中年女性の声が聴こえたので僕は驚いて黙った。声の方向に目を凝らすとショートカットの中年女性が建物の奥からすっと現れた。パン屋の彼女みたいに素敵な微笑みはもちろん浮かべていなかった。「すみません、今日はもう閉まっているんでしょうか?」_ 後悔しても始まらないのでショートカットの中年女性に質問した。「ああ今日ね、開いているけれど閉めたんだよ。」_ 何だか禅問答のように訊こえる回答を受け流しながら、僕は短時間で良いのでこちらの展示作品を見させてほしいと勇気を振り絞って願い出た(僕の脳裏でパン屋の彼女の微笑みがちらっと浮かんだ)_









僕が絵を描いている人間で東京からこちらに移住して間もないことや、いまは古民家再生に向けて準備中だということを正直に話したら、ギャラリーの女主人は黙ったまま奥に引っ込んで店内の電灯を点けてくれた。そして、上がんなさいよという仕草で顔を一度横に向けた。そのあと僕が展示作品を見ている間、このギャラリーについてポツリポツリと独り言のように話してくれた。地元のギャラリーにしてはまだ新しいこと(開業して五年ということだ)やこの建物も古民家がベースになっていることなどだ。「それであんたはいま**ちゃん(達磨の絵付け師匠のことだ)に師事しているわけだね。」_ ええそういう流れになっているみたいですと僕は最近仕上げた作品の画像を携帯電話から探して女主人に見せた(「ふうん」と一言だけ彼女は反応を示した)。









僕と女主人はそのあとも昨今の「クラフト・ワーク事情」みたいなものについて語り合ったのだけれど、割に意気投合する部分があって話しは盛り上がった(ギャラリー・オーナーと創作家という立場で違いはあったけれど、お互いに「センスの高い」モノを魅せたいという点で意見は一致していた)。要するに二人とも常に『エッヂに立って』いたいと願っている人間だった。そろそろ引き際かなと思ったその時、入口の戸でガサガサと音が立った。別の客が入って来たのかなと戸を開けたら誰も居なかった。でもその代わりにフリスビーくらいある大きさのスッポンが店先に現れた。それを見た女主人は軽く叫んだけれど結局、ギャラリーの奥からバケツを持ってきてスッポンを捕獲することになった(やれやれ……蛇の次はスッポンか、次は一体何が現れるんだ?)。











一連の騒動が収まってパン屋に戻ったら、モナリザの絵としての彼女はそこにまだいて、例の微笑みで僕を温かく迎えてくれた。「お帰りなさいませそれで、隣はいらっしゃいましたか?」_ ついさっきまでスッポンの捕物帳を繰り広げていたんだよなんて云ったら、今度こそ彼女の微笑みが消え去ってしまいそうな気がしたので「うん、ギャラリーの女主人と盛り上がったよ随分。」って答えた(……嘘はついていない)。それから僕は明日の朝食用にいくつかパンを買い求めた。会計時に彼女が何をやっている人間かと訊ねてきたのでギャラリーの女主人にも先ほど話したように東京から移住してきたことや絵描きだと一通り説明すると、彼女が急に目を輝かせて_そして幾分微笑みを増して_こう告げた。「PANKICHIさんには今後、絵を描いてもらいますわ。」_



[了]










《後日附記》


本格的に移住生活を開始してから早いもので一ヶ月が経過しました。Waikiki beach でマイタイを飲んでいた頃が何だか昔のことのように思えます。この一ヶ月は実は相当「意識して」動いていたと思います。GW中は商工会に連日通って民泊業の経営企画書を一緒に作ったり(通常三ヶ月かかって作る書類を僕は乱暴だから十日間で仕上げた……連日徹夜で死ぬかと思いました)、町内会に積極的に顔を出して村の収支報告を聴きながら予算とかを把握したり、画業(&執筆業)の仕事に繋がるような人びとにお声をかけていただき打ち合わせをしたり、高台の古民家(版吉亭)の家主さんのご自宅近くにある畑で苺を採ったり、そうだ……他人(ひと)の運転とはいえ大分は由布院まで展覧会を見に行ったりと……とにかく考えられる限り、無茶苦茶動き回っていました。











こちらでの生活で一番不便なのはやはり、インターネットが繋がらない・携帯電話も繋がらない・お店と呼べるものが一軒もない(・おまけに近所には人間も居ない)という……地元の人が訊いても結構、「ワイルドな場所におるねえ。」と同情されるような環境に住んでいる僕ですが(映画『オデッセイ』の世界みたいだなと僕自身は勝手に思っています、少ない資材・資源でこの危機をどう生き抜くかという思考の観点で……実際、GW中は玉ねぎの箱にマックのデスクトップを一式詰め込んで、隣村までネット環境を求めて移動していました)。逆説的に云えば、意識的にネットに(街に・人に)「繋がりに行く」生活を一ヶ月間してきたわけです。それでどういう効果があったかと云うと「情報のシャワー」を浴びずにいるので完全にストレスフリーになりました。









この Blog は「出雲移住計画」というタイトルで古民家(版吉亭)が完成するまでの過程と生活の様子を(時どきによって、小説仕立てで)連載を重ねてゆきますが、基本的には東京や京都も巡りながら生きてゆくので都会にいる人間(ひと)たちに向けて、「新しい移住のかたち」をお届け出来たらと思っています。先ほど「情報シャワー」を浴びないでいたらストレスフリーになったと申し上げましたが、本来ネットや携帯電話なんて必要ないんじゃないかって最近は思い始めています。あとここ二十年間くらい日本に漂っている “閉塞感の正体” についてもこの Blog で解明していきたいと思っています。つねづね云ってきていることですが「空気なんか読んで」いたら早晩、人間が駄目になります。他人(ひと)の目なんか気にしていたら息苦しくなって当たり前で_











_僕なんかもこの二ヶ月くらいは、実は村のシィステムの善し悪しを実感してきました。良いことは以前にも書きましたが情報の伝達スピードが “アウターネット(=エクストラネット)” みたいに驚異的に速いことです。情報の拡散スピードが村社会では想像を超えています(僕の名前なんて隣町くらいまで直ぐに浸透しちゃう)。悪いことは……これはまあ、個人情報もあるので詳細は割愛しますが、少しだけ申し上げておくと都会にいても田舎にいてもやはり、「 “優等生” は潜在的に“劣等生”に嫉妬を覚える。」ということです_ 僕が “優等生” だとは思っていませんが田舎に来ても、相変わらず “劣等生” に振り回されて色々と大変でした(この問題については先日、片をつけてきましたが……)。とにかく、来月からはいよいよ古民家再生計画が始動いたします?!











《次回予告》


満身創痍の PANKICHI のもとに “新たな志士” が二人現れる。新撰組よろしく沖田総司と土方歳三のようなフレッシュ・コンビは東京の “ヒット・ガール” 顔負けの鎌捌きで颯爽と、高台にある古民家(版吉亭)の果樹園の雑草や害虫を掃討してゆく。一方、PANKICHI は “達磨師匠” に誘われて寺社探訪の遍路に出かけることに……そこで一行は思わぬ展開へと巻き込まれてゆく?! 次回もワクワクをめぐる冒険を!!



次回、「出雲移住計画♯4 _ 天誅でござる!!(仮)」_









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