長年住んできた東京の家ともサヨウナラをしてきて、三月末に出雲に引っ越してきたわけですが。仮住まいの家では布団ではなく寝袋を利用して生活しようと決めていたので、東京を発つ前にシェラフ(寝袋)を購入しておきました。キャンプとか普段は全くしないので、寝袋の使い方を教わるところから始まりました。まだ緊張感がない顔しています、、、。。。
行きの飛行機に乗る前にCAの女性から中学校に上がる前くらいの女の娘を出雲までアテンドしてほしいとお願いされたり(御礼にプラモデルをもらった、、、。。。)、到着したあとはガソリンスタンドが併設販売しているカーショップで代車を手に入れたりと早速、クエストが始まりましたが(まだやはり)顔に余裕が見受けられます、、、。。。
出雲大社の裏山を越えて「鵜鷺(うさぎ)地区」に入ったら、川桜が出迎えてくれたんだけれど。こちらの春って僕は初めて過ごすのですが、そこかしこで自然の芽吹きが感じられて生命力に溢れているってまさにこの事を云うんだろうなあって思いました。
仮住まいの家は鵜峠(うど)側の外れにあって、ほとんど_というか全く_人気がない地域なんだけれど。僕がこれから改修してゆく高台の古民家から歩いて数分の場所にありました。ちょうど着いた途端、家の黒電話が鳴ってびっくりしたんだけれど、ヤマト運輸からの連絡でした。
仮住まいの家とはいえ数ヶ月はそこで暮らすのだから、先ずはやはり掃除や片づけをして気持ちを新たにしようと腕まくりしたのですが。掃除機をコンテナ便の方に預けてしまっていることに気がついて、その日の夜は市街にある安売りの量販店に車を走らせることになりました。
田舎暮らしの初日の夜はおっかないくらい闇夜が濃くて、自分の手元が全く見えない状況を体験したのですが。後日、サーチライトも忘れて携帯電話も充電が切れて、真っ暗闇の中、仮住まいの家に入るのに三十分以上かかるというハプニングを経験しました。洒落にならないくらい怖いです。
そこからの三日間は朝から晩まで掃除をひたすら続けていました。見た目は綺麗なのですがよく見るとトイレもなかなかワイルドに汚れていたので、手術用のゴム手袋を入手して徹底的に磨いていました。途中で、「そういえば今日は何も食べていないな。」と思い出したりと夢中でした。
四日目以降、ようやく掃除と片づけが一段落したので_段ボールを利用して即席で洋服ダンスを作ったりしていた_そろそろ事務手続きにかからなくちゃなと、電話をかけようとしたのですが携帯の電波もネットも使えないことが判り。黒電話の受話器を握ったもののどうやってかけるんだっけとか、、、
根を詰めて作業をしていたので、自分でも気がつかないところで張りつめていたようで(そりゃあそうですよ、小さな昆虫たちと格闘したり。ヤモリのファミリーと夜は遭遇したりとか大変だった)。この頃になると、定期的に外の風車の風景を眺めてよく気分転換をしていました。本当、長閑な風景ですよね。
京都から “ブンガク”_彼のことについては「京都探訪」のブログ記事を参照ください_ が訪れたのは滞在四日目のことで、僕が一連の話しをしたら「なかなかワイルドな生活をしていますね。」と笑い飛ばしてくれました。彼のその笑い声を訊いてようやく僕もリラックス出来た。
その夜は僕がよく定宿にしていいた古民家に泊まることになり、先に滞在していたフランス人の女性(彼女はアヴィニヨンの出身だった)と知り合いになり。日本語と英語とフランス語が飛び交う賑やかな夜になった。古民家オーナーは相変わらずビールを飲んだあと、こたつに入りながら寝ちゃったけれど、、、
僕もその頃にはようやく仮住まいの家の整理がついてきて、即席のワークデスクでコラムの執筆をしたりと早速、仕事にとりかかっていました。ブンガクが「PANKICHIさんの高台の古民家が見たいですね。」と云ってきたので翌朝、鍵を借りて視察に出かけて来ました。二月以来ぶりです。
「これは想像していた以上に手間がかかりそうですね。」ってブンガクが絶句するのを横目に、僕は屋根の雨漏りがしないか天井にライトを当てたりしていたけれど。聞こえないフリをしてその場をあとにした(実際、二階はそこそこ改修に時間がかかりそうなことは前回の視察で判っていた)。
出雲に引っ越してきて早々に絵描き仕事が入ったり、自治会に顔を出して挨拶をしたりと数日間は忙しく過ごしていたのですが。いい加減、転入届けや保険関係の事務手続きをしようと出雲市役所を訪れたりしていました。その後は地元のキャンプ場に泊まったりと少しずつ土地に慣れていった。
ブンガクにも出雲だけでなく島根のことをもっと知ってもらおうと、滞在中は松江の方まで出かけて一緒に堀川遊覧船にも乗ったり、地元のインディペンデント系の本屋さんに立ち寄ったりしました。今後はもっといろいろな土地を巡って立体的に土地のことを知ってもらおうと思っています。
僕が移住先に選んだ地区も紹介しながら、ある夜は地元の大工さんの家にお邪魔させてもらって、あの高台の家の再生にあたって今後、どのようにしたら良いのかをお酒を酌み交しながら腹を割って話し合ったりしました。たぶん、今後は僕が独りでせっせと掃除・片づけをして改修してゆくと思います。。。
「あなた少し頑張り過ぎているでしょう?」_ 気分転換にギャラリーやフリースペースを案内してほしいって僕が現地の知り合いの女性にコンタクトをとって、実際に市内を巡っている時に彼女が訊いてきたので。「何でもお見通しなんですね。」って答えるひと場面もありました、、、。。。
「真面目も休み休みやらないとなあ。」って思っていたところに、ある日、地元の女の娘と知り合う機会があって。訊いたら彼女も去年、関東から移住してきたというから。思いがけず、出雲大社でデートすることになったりと。先日、出雲大社に参拝したご利益をいただきました(すごおく愉しかった)。
ふと気がつけば東京を出てから二週間が経っていて、その頃にはブンガクも京都に帰ってしまっていたので。僕は何となく、「ここいらで幕間(まくあい)を入れないとな。」と考えるようになり。身支度をして地区の何人かにちょっと出かけて来ますと言い残して仮住まいの宿を出てきました。
考えてみればこの二年間、(思うところがあって)僕は自分で立てた「移住計画」に沿って、東京と田舎の往復をする生活を送ってきたのだけれど。会社勤めした頃から考えると大体、五年間くらい動き回って生きてきたので一度、心身共にリフレッシュする時期が来ているなと思っていました。
古民家再生には相当時間がかかるだろうし、一度作業に入ってしまったらまとまった時間が取れないだろうと。一度、自分が拠って立っている場所を「遠くの場所」まで出かけて行って「俯瞰視」してみようと思いました(七年に一度くらいの割合で、僕はこうやって自分の棚卸しを行います)。
「ちゃっちゃと古民家暮らしを始めてくださいよ。」とやきもきしている人びとがいることも知っていますが、良い意味で『空気』なんて読めない_読みたくない_僕なので。悠々自適に今後もやらさせていただきます_ ということで、来週は外国からブログを更新したいと思います?!
僕の “IZUMO QUEST” はまだ始まったばかりですが、ここまで来るのにはいろいろな人たちの(影ながらの)応援があったと思っています。面と向かって「ありがとう。」って云うのはシャイなのでしませんが。彼らの期待に応えようと帰国後は、作業着に身を包んで埃まみれの僕の姿をお見せしたいと思います^^
絵描き PANKICHI が「『棚卸し』してくる。」と向かった場所は何処なのか? その場所で彼はまた奇妙な人びとに導かれることになるのか? そして、帰国後にどのような展開が彼を待ち受けているのか? すべては謎に包まれたまま彼の《物語》シリーズはエピソードを重ねることに_ 次回は『アナザースカイ篇』へ!!
[了]
《次回予告》
絵描き PANKICHI が「『棚卸し』してくる。」と向かった場所は何処なのか? その場所で彼はまた奇妙な人びとに導かれることになるのか? そして、帰国後にどのような展開が彼を待ち受けているのか? すべては謎に包まれたまま彼の《物語》シリーズはエピソードを重ねることに_ 次回は『アナザースカイ篇』へ!!
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