「チェーホフがこう言っている」
「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と」
『1Q84』 BOOK2 <7月-9月>
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「今出川ミニマリスト」
「はい、お待ちっ。こってりにんにんく抜きのお客様。」_ 頭に手ぬぐいを巻いた若い青年が会話の途中で声をかけてきた。僕は青年に向かって手を上げてテーブルにラーメンを運んでもらった。茹で上がったばかりのラーメンは器から湯気をたくさん上げていた。猫舌の僕としては些か困ったなという顔をしていたら、向かいに座っていた書生ミニマリストが「気にせずお先にどうぞ。」と礼儀正しく声をかけてくれた(そつがない男の子なのだ)。「それじゃあ、お先に失礼して。」と応えつつ、僕は舌先を火傷しないように注意深く麺を啜った。来店した時はすでに深夜1時を過ぎていたけれど、週末の夜だからか店内は僕らと同じように “締めの一杯” を求める客で賑わっていた。
僕ら_ブンガクと僕と書生ミニマリストだ_はその夜、出町のカフェ・バーで出会って飲んでいたのだけれど、店内が混雑してきたこともあってお開きにすることにした。僕とブンガクは夕飯を食べておらず、どちらが提案したか忘れてしまったけれど、ラーメンでも食べて帰ろうかということになった。カフェ・バーで紹介されて知り合った学生の男の子も「ご一緒します。」と
云うので、僕らは1ブロック歩いてラーメン屋に向かうことにした。カフェ・バーで僕はその学生の男の子の格好がこざっぱりとしていたので(白シャツにタイトな黒いジーンズ、細いフレームの丸眼鏡にシンプルなサンダルという格好だった)、秘かに “書生ミニマリスト” と名付けることにした。
「学生なのに事業家なんだって?」_ 分厚いチャーシューを口に運びながら僕は書生ミニマリストにそれとなく訊いてみた。「事業家ってことでもないんですが、ただ面白いことをやりたいんです。」_ 僕よりあとに運ばれてきたのにも関わらず彼はもうラーメンのほとんどを平らげて紙ナプキンで口許を拭きながら簡潔に答えた。「彼は他の学生たちと比べて向学心が人一倍強いんですよ。」_ ブンガクがテーブルに置かれたグラスの水を半分まで飲みながら補足説明を加えた。書生ミニマリストはその間、店内に据えられたテレビを観ていた。ちょうど海外で開かれているゴルフ・カップの様子が中継で映し出されていた。体格の良いゴルファーがバンカー・ショットに挑戦中だった。
その後も僕らはラーメン屋で他愛ない話をした。最近の大学生のポリティカル精神やチェーン系ラーメン店の味についてとか、脈絡なく会話を愉しんだ。話しながら僕は自分が大学生だった頃のことを思い出していた。僕が大学生だった頃は、よく授業をエスケープして渋谷や原宿に出かけては明治通り沿いのセレクト・ショップで馬鹿みたいに高い値段の洋服を買い求めていた。そんなことをぼんやり考えながら目の前に座っているこざっぱりとした格好の「青年実業家」と話しをしていると、自分が時代の流砂に埋もれていくのがよく解った。ちょうどその時、テレビ中継ではバンカー・ショットに成功した体格の良いゴルファーがボールをカップに沈めてファンファーレが鳴り響いていた。
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「出町モリゾ」
京都の郊外に向かって僕らは車を走らせていた。法定速度を守って一般道を通り抜けた後、渋滞に巻き込まれず上手く高速道路に乗ることが出来た。朝は早い時間だったけれど約束通り彼女は待ち合わせ場所に現れた。艶やかな黒色の髪と瞳が印象的な女の娘で数日前、タクシーで駆けつけたカフェ・バーで僕らは出会った。店内は混雑していたので、僕は彼女のためにスペースを確保してあげたのだ。そのあと、どういう成り行きでこの「ピクニック」が決まったのか僕にはいま一つ判らなかったけれど、とにかく待ち合わせ場所はそのカフェ・バー前ということになった。ブンガクと僕と艶やかな黒色の髪と瞳を持ち合わせたその女の娘、僕ら三人はいまから京都の郊外にある書店に向かおうとしていた_
_その書店は京都の郊外にあり、廃校になった小学校をそのまま再利用して営業している。主に絵本を専門に扱っていて、県外からもファンが足を運んでいると訊く。僕らが小学校に到着したのはお昼を少し過ぎた辺りで、途中のサービスエリアで水分を補給しなくてはならないくらい暑い午後だった。車を校庭に停めさせてもらって校舎の中に入った。古めかしい廊下が真っすぐに伸びているのを目にしながら、僕らは手前の「教室」に入った。「何だか懐かしいわ。」_ 移動中の車内では大人しかった彼女が一言呟いて早速、黒板の前に陳列してあった絵本を手にするのを僕は目の端で追った。確かに通常の書店に比べてみると小学校の造りや懐かしさも加わって、僕も久しぶりに心が踊った。
「悪いわねえ、いまちょっと立て込んでいて。とっちらかっているのよ今日。」_ 届いたばかりの荷物を解きながら、店主の女性は僕らを迎えてくれた。全然構わないですよ、とブンガクは店主に向かって返事をしながら、そのまま営業トークを交わし始めたので僕は店内を見回しながら、艶やかな黒い髪と瞳を持ち合わせた女の娘の様子を観察していた。いまは窓辺に立って、ジョン・クラッセンの絵本を読んでいる。「せっかく来たんだから数枚、写真を撮らせてもらおうか?」_ 僕は店主に許可をもらった上で教室内で彼女をモデルに撮影を始めた。初めは記念撮影みたいな感じで撮っていたけれど、僕がいくつか『注文』を付け始めたところで彼女の表情やポーズがガラッと変わってきた_
_「ねえ、きみは何だか “ベルト・モリゾ” にそっくりみたいだ、19世紀の(女性)画家のことは知っているかい?」 知らないと彼女は云ったので、僕はそのまま黙って撮影をつづけた。撮影中、彼女は無駄口を訊かなかったし、僕もポーズの『注文』を付ける以外は余計なことは口にしなかった。でも_ でもそこには何かしら、二人だけが理解することが出来る “無言の会話” が在ったような気がした。かつてマネがモリゾをモデルにたくさんの絵を描いたように、そこには「相通じるもの」が在るような気がした。後世の評論家たちは二人のことをして “共犯関係” と表現したけれど……そこで突然、別の教室からオルガンの演奏が流れてきたので撮影会も僕の妄想もそこで中断することになった。
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「上京ブンガク」
「この銭湯にはよく来るの?」_ 浴槽の湯に半身を浸かりながら僕は隣で壁画を眺めているブンガクに訊いてみた。「いえ_ 一ヶ月に一度、来るかどうかです。」_ 銭湯の壁画には当然のように富士山が描かれていて、ちょうどブンガクは麓付近に描かれた松の木を眺めながら答えた。「ここのところ出張続きで身体が疲れていたから……それに、**さん_昔から彼は僕のことを本名で呼ぶ_が風呂好きなのを覚えていたので。」_ 訊けばブンガクは毎月、大阪や東京だとか足を伸ばすと北海道や沖縄にまで出かけているらしく、最近は京都の家(シェアハウス)にまともに帰っていないと説明してくれた。僕も数年前まではそんな生活を送っていたので彼の疲労感はよく理解できた_
_閉店時間前ということもあって銭湯は空いていた。僕とブンガクの他に客は数える程度しかいなかった。僕らはここに来る前に市内のスポーツ・ジムで小一時間運動をして施設内でシャワーを浴びてきたのだけれど、そのあと夕食をとっている間に汗をかいたのでブンガクが「さっぱりしましょうか。」とこの銭湯に連れて来てくれたのだ。「それにしても……今回の京都探訪は前回とは比べようもないくらい “充実” していたよ。いろいろな場所に連れて行ってくれたし、京都の “カラフルな人びと” にも会うことが出来た。ブンガクにはお礼を云っても足りないくらいだよ。」_ 僕らは浴槽を移っていまはサウナ室にいた。室内には僕とブンガク以外誰もいなかったから正直に感想を伝えた。
「お礼を云うのはまだ早いです、ここからが本当の勝負なんです。」_ 額の汗を拭いながらブンガクは閑かに語り始めた。「京都探訪の本当の目的は PANKICHI さんの作品の “反応” を見ることにありました。もちろん “要所” は巡っても来ましたが、それはいつでも出来ます。でも、今回僕の中で手応えがあったのは PANKICHI さんの作品は京都でも十分通用するんだってことなんです。」_ 僕はどう返答して良いのかよくわからなかったので汗を拭いながら続きを待った。「ここからが本当の勝負だと云ったのは、ここからさらに PANKICHI さんが “良い作品” を作り出せるかどうか、ご自身との闘いになってくるということなんです。」_ 僕は頷きながら頭の中でそっとロッキーのテーマを流した。
僕らはすっかり静まり返った夜の街を歩いていた。梅雨明けはまだ先だったけれど頬を撫でる風は優しかった。ブンガクと僕は今回の京都探訪で向かった場所をふり返りつつそこで出会った京都の “カラフルな人びと” と奇妙な出来事について語り合った。「ここはディスコティックなのよ。」と云わんばかりに踊り狂っていた女、楽団に指揮をつけるように電話口で話していた男、バンカー・ショットを眺めながらラーメンを食べていた青年実業家、艶やかな黒い髪と瞳を持ち合わせた19世紀の女性画家との奇跡的な邂逅、そして慣れ親しんだ東京を離れてひと気のない田舎に移り住んだ絵描きとそれをマネージメントする小説家志望の男。この物語の続きを想うだけで目眩を感じたけれど、同時にワクワクも止まらなかった_
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「出雲シャッター・チャンス」
京都探訪を終えたあとの数週間、僕は自分の住処となる古民家の “再生作業” に追われた。古民家に眠る骨董品の整理や片づけ、降り積もった百年分の塵や埃の掃除に明け暮れた。いつの間にか梅雨も明け、日差しは完全に夏特有の強いものになっていた。同時にブンガクとも連絡をつけて個展の準備のためにラフ画を描き始めた頃、参考資料として京都から何冊か本が届いた。その中に京都探訪で知り合った男の子(シャッター・チャンスだ)が作った「フォト・ブック( ZINE )」が同梱されていた。僕はちょうどその頃、身体と頭と両方使って満身創痍の状態だったので、そのフォト・ブックを何か眩しいものでも見るような感じで手に取ってパラパラと頁を捲っていった_
シャッター・チャンスと出会ったのはブンガクが催した地元の飲み会の時と、僕がコンダクターに会いに堀川にある町家を改装したコワーキング・スペースを訪問した時で、シャッター・チャンスは書生ミニマリストを助手に「グリーン・ティー(僕に「最近出来た『傷』ってあるかしら?」と訊いてきた女の娘だ)」の “宣材写真” を中庭で撮っていたのだ。「はい、視線こちらにいただきまあす。」_ 僕は流暢に言葉を操りながら撮影をする彼の後ろ姿を眺めていた。彼はそんな僕の視線には全く目もくれずにシャッターを切りつづけていた。グリーン・ティーはノースリーブの白いシャツと濃紺のタイトスカートという格好で笑顔を作っていた。書生ミニマリストはレフ板で器用に光量を調整していた。
「 PANKICHI さんも写れば良いのに、“宣材写真” って用意がないんでしょう?」_ 撮影が一区切りついたところで撮った写真のデータを確認しながら、シャッター・チャンスが僕に声をかけてくれた。「うん……プロフィール写真の用意はもちろんないけれど、人前で笑顔を作ったりするのはどうも苦手でね。」と僕は返事をした(でもどうなんだろう、僕も “宣材写真” みたいなものが必要になる日が来るかもしれない……)シャッター・チャンスはその後もレンズの調子を確かめるため、僕とグリーン・ティーや書生ミニマリストと会話している風景を何枚か撮っていた。絵描きがアイディアの尻尾を掴むためにスケッチ・ブックに走り描きをするように彼も手を休めなかった。
_フォト・ブックの頁を捲りながら僕は京都探訪で垣間見たシャッター・チャンスの真摯な姿勢を思い出していた。よく見ると巻末に僕に向けられたメッセージが添えられていた。そこにはこう書いてあった。「 PANKICHI さんへ 京都で出会ったばかりですが、PANKICHI さんの描く絵が好きです。ぜひぜひ次回はご一緒に何かしましょう、( ZINEの )お代はその時に笑」_ 僕はフォト・ブックを手にしながらシャッター・チャンスとグリーン・ティーと書生ミニマリストたちが中庭で愉しそうに撮影をしている風景をもう一度思い出しながら今度はそこに自分が登場するところを想像してみた。その時、どんな “音楽” が流れているんだろう? きっと踊り出したくなるような愉快な曲に違いない_
[了]
<次回予告>
京都探訪から無事帰ってきた PANKICHI に待っていたのは自分の住処となる古民家の気の遠くなるような “再生作業” だった。一方で個展の準備に向けた絵の制作で立ちはだかる創作の『壁』_ 満身創痍の状態のところにある日、“謎の石板(モノリス)” が夢の中に現れる。そこで PANKICHI がとった行動とは?! 次回もワクワクをめぐる冒険を、乞うご期待!!
次回「出雲移住計画♯05_古民家再生士の登場、ドローイング・ブルー、そしてモノリスが現れる(仮)」_
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<後篇のための後日附記>
この「京都探訪」シリーズは(♯1の)前篇でも書きましたが、綴られている『物語』は “基本的” にすべてフィクションです。云うなれば、僕が付いているただの『嘘物語』です。でも、予想に反して前篇のアクセス数はたったの二日で_僕の歴代記事の中では_一番反響が大きいものになりました(本当はあまり読んでほしくないんだけれど……)。僕はとき時で云っていることですが、ある種の出来事というのは “事実” そのものを伝えるよりも一度、『物語』を通した方が有効的に伝わることがあって。僕はその「発見」を多くは小説や映画から学んできました。京都という場所は僕が想像していた以上にエキサイティングでそこで暮らしている住人たちはカラフルでした。今回、“校正担当(!)” も付けたこともあって推敲にかなりの時間を注ぎました(後篇は7回くらい書き直している……)。それでも、こうした「メタ・ストーリー」を通じて僕は京都という場所をより身近に感じることが出来たし、そこで出会った人びとを一度、アナライズ(見つめ直す)することが出来たと思っています。
最後に僕はこの京都探訪に出かける前に深刻な「アドヴェンチャー・ブルー」_要するに田舎暮らしへの “拒絶反応” が出ていたのですが、探訪を終えたあと偶然「ある記事」を見つけそれを読んだことで気持ちを立て直すことが出来ました。「ある記事」というのは、作家:平野啓一郎氏の “Love Others to Love Yourself”(自己を愛すること)というタイトルで、2012年9月に折しも京都で開催された「 TED × Kyoto 2012 」で彼が講演した時の書き起こしになります。僕はよく自分のことが気に入らなくて傷めつけてしまう傾向があるのですが_古民家再生とかでつい頑張り過ぎてしまったりとか_氏が指摘しているのは「どんなに面倒でも最後はそんな自分のことを愛してやらなくてはいけない。」という内容なんですね。自分のことを直接的に好きだと云うのではなくて、“他者の存在” のおかげで「自分を愛せるようになる。」ということがとても大事なんだって説明しているわけです。僕はこの京都探訪で『他者経由の自己愛』を獲得出来たことに本当に感謝しています。
閑かな図書館のラウンジにて
PANKICHI
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