「それで_ 彼の地での『冒険』はどうだったんですか?」_ 運ばれてきたサンドウィッチに手を伸ばしながら男は訊いてきた。その質問にはすぐには答えずに僕がこれまで食べてきたどのタマゴ・サンドウィッチとも違う味に驚き、その感動を彼に伝えたくて道化師がするみたいに大袈裟に肩をすくめた。カウンターの奥で二人のウェイトレスのうち一人の女の娘がこちらをチラっと見たが僕はサンドウィッチを咀嚼しながら彼女に向かってニッコリと笑顔を作った。「どうもなにも_ 滞在中はずっと雨降りだったよ。おまけに嵐がやって来て、危うく大波に攫われそうになった。」と僕はアイスコーヒーを飲みながら答えた。
男と会うのは数ヶ月ぶりだった。古くからの友人だった。数年前、僕が出版社に勤めている頃に出会い、以降とき時会っては親交を深め合ってきた。仮に男の名をブンガクと名付けよう。ブンガクは昔から小説を書いてきた(以前、彼が書いた短篇作品を読ませてもらったが出来は悪くなかった)。その彼が東京を離れて、「京都に移住しようかと思っているんです。」と訊いたのは昨年の春頃のことだった。「そいつはいい考えだね。僕も移り住みたいくらいだよ。」と僕は彼の意見に賛成したのだけれど、こうして目の前の彼を見ていると本当に良かったのだなと思った。東京で会っていた頃に比べると彼は生き生きとしていた。
京都には「町家」と呼ばれる家屋が多く存在する。町場にある(商人の)家のことで民家と店舗が一緒になったような家屋である。この「町家」が京都にはいくつも在るのだけれど店構えは本屋や茶屋だったり、最近はシェアオフィスやイベントスペースだったりと形態は様々である。また「町家」に次いで京都には「長屋」というのも多く存在する。棟の長い家屋のことで、棟を仕切って昔は町人たちがひしめき合うように住んでいた。現代風に云えば集合住宅だ。ブンガクに会いに来たのは引っ越し祝いが目的だったのだけれど、実は彼が住み始めたのがこの「長屋」で、京都では有名だって訊いたので見学をしに来たのだ。
「こちらの長屋は手前が住居スペースになっていて、奥に進むにつれて蔵、そして菜園とつづいています。住居スペースでは僕を含めて複数の同居人がこの長屋に住んでいます。もちろん、各自プライバシーが保てる個室で暮らしていますが、料理を作る台所をはじめ、風呂やトイレについては共同で利用しています。さきほど紹介させていただいた蔵ですが、音楽を流したり映画作品を上映して愉しむスペースとして使っています。菜園については冬なので手入れはしていませんが、また暖かくなったら京野菜の種を植えて各自で自由に収穫をしてゆくと思います。僕も入居して間もないので何れにしてもこれからという感じです。」
ブンガクの話によればそこは京都界隈の中でも結構、名の知れた長屋で改装後も注目を集めているらしく。入居するための審査もありたまたま今回、彼はタイミング良くそこに入れたのだという。住居スペースの日当りの良いリビングで番茶と和菓子_近所に老舗和菓子屋があって、気を利かせて彼が用意してくれていた_をいただきながら話を訊いている途中、同居人のうち一人が二階から降りて来たのだが(予想外にも)目の色が青い外国人の女の娘で僕らを見るなり、「ブンガク、ワタシハ珈琲ガ飲ミタイ。」って主張してきた。面食らっている僕らを余所に彼は早速、薬缶で湯を沸かし始めた。なるほど、それは生き返るわけだ。

その後、僕らは近所の蕎麦屋で昼食をとることにした。看板と呼べるものが出ていない店で説明がなければ一見して食事処と判らないくらいシックな造りの店構えだった(こういうところが京都らしいと云えば京都らしいのですが、どこかツンと澄ましたところがあって僕はいまひとつ馴染めなかった。もちろん、揚げてもらった天麩羅とか流石の一言だったけれど最後まで緊張感が解けなかった。こういうのは京都の女性の性格とも通じているみたいで、肩の力を抜いて「リラックスする」ことが正直出来ない。まあ、これはあくまで個人の主観であって、知り合った女性の性格が「たまたま」澄ましたタイプだったのだ)。
その日の夕方、ブンガクから「京都の有志たちで今回、初めて『読書会』を開くんですがご一緒にどうですか?」と誘われたのだけれど、「悪いけれど先約があってね、これから伏見に行かなくちゃいけないんだ。」って誘いを断った。その代わりにお互いに時間があったので、市内に新しく出来たばかりのコワーキング・スペースに足を運ぶことになった。「最近、京都ではこういったシェアオフィスがオープンし始めています。僕も会員登録できる施設をいま探しているところなんですが、なかなか条件に合った場所が見つからなくて。」とブンガクが説明したようにそこは小綺麗だったけれど、サーヴィスは充実していなかった。
「それで、京都にはしばらく居るのかしら?」_ 伏見の某所で日本酒の銘柄を選びながら彼女はそう訊いてきた。「いや、明日の午後には此処を経つよ。今回は友人の引っ越し祝いをしに立ち寄っただけなんだ。」 僕は木造りの酒蔵を改装した店内を見回しながら答えた。僕らはひょんな経緯から知り合ったのだけれど、以前に彼女から「京都に立ち寄ることがあったら連絡してね。」という言葉を思い出して再会が実現した(やはり彼女も「ここでは」名前を持たない。仮に女の名を『木造りの精』と名付ける)。木造りの精の彼女はそのあと、日本酒の造り方について説明してくれた。簡潔な説明だったけれど解りやすかった。
霞を食べて生きている僕は旅先でよく、不思議な人間たちと出会います(とき時、動物たちとも出会う)。ご存知の通り、僕は絵を描いたり文章を書いたりする仕事に就いている人種だから、彼らと『交信』を果たそうとある一定の努力を払います。具体的に何をしているのかというと、彼らの話す《物語》に耳をすませるようにしています。ドーナツや蕎麦、コーヒーや日本酒でも話題は何でも良いのですがとにかく、『ドーナツ的なるもの』を通じて僕は深い井戸に降りて行って彼らの抱えている闇とか壁と対面(コミットメント)するようにしています(そこで対面した『何か』はゆくゆく作品という形で昇華されることになる)。
翌日の朝、僕は市内にある(安倍)晴明神社でブンガクと待ち合わせをして御参りをしたあと、彼の紹介で京都ではその名を知らない者は居ないくらい有名な、「『移住』に関するお手伝いをしている団体」のコアメンバーの方と会うことになった。「ここは昭和初期に建てられた町屋で、現在はスタジオとして機能しております。二階はシェアオフィスとして、一階はレンタルスペースとして京都はもとより、県外の方々からご利用いただいております。」_ 突然の訪問にもかかわらず、嫌な顔一つせずに気持ちよく案内をしてくれた男性(T氏)は僕より一回り年下だったけれど、とにかく快活な青年で好感が持てた。
「 PANKICHI サンはどちらからいらっしゃったんですか?」という彼の質問に対して僕は正直に、実はさっきまで島根にいて出雲市は鵜鷺(うさぎ)地区という限界集落に移住をする考えを持っていることを伝えると、「ほんまですかっ! 僕このあいだ、そこ行きましたよ。あそこに移住するなんてワイルドですねえっ!」_ よくよく話しを訊くと彼は先日、ITエンジニアたちと共に《島根探訪》を終えたばかりで彼の地にとても興味があるということが判り、その会話辺りから僕らは意気投合して「今度、東京でイヴェントがあるから是非、再会しましょう。」ということになった。『類は友を呼ぶ』とはこの事だ。※ 註
※ 註
このイヴェントには実際、今年の一月に参加させていただきました。T氏とも再会を果たしとても面白い会だったので、本ブログ記事の《後日附記》にその時の様子を綴りました。その時のライヴ感が少しでも伝わると良いのだけれど、文章だとなかなか難しいですね。
帰りの新幹線に乗るまで少し時間があった僕はブンガクと一緒に京都駅近くまで移動して簡単な昼食をとった。そこに、時間を縫い合わせるように友人(M氏)が息を切って駆けつけた_ M氏とは僕が絵本屋(Mg.)の手伝いをしている頃に色々とお世話になった人物で_今もお世話になっているらしい(有り難い話しです)_いまは実家のある京都に戻って人材会社を経営していた。ブンガクとM氏と僕は思いがけない再会を喜び、一頻り今後の抱負について語り合った。「京都の人間たちは、仲良くなるまでに時間がかかりますが、一度仲間になってしまえばあとは楽です。」と別れ際にM氏がアドヴァイスをくれた。
京都駅を発ってからしばらくの間、僕は車窓の景色を黙って眺めていた。ついさっきまで僕は荒れ狂う海原を眺めていたのだ、と僕は思った。そして、今度は町家を中心に動く京都の人間たちのことを想った。そのうち、生き生きとした青年たちの《物語》や木造りの精としての彼女の《物語》を書いてみても面白いかもしれないと考え始めた。奏でる音色は異なるけれど、アンサンブルに聴かせどころがある狂想曲みたいな文章を書き起こしてみたくなった。「『町家狂想曲』ってタイトルだ。」_ 実際に声に出してみた。隣の席でファッション誌を読んでいた女性が顔を上げた。それから僕は座席に深く身を沈めた。
[了]
《後日附記》
京都探訪を終えたあと、僕はしばらくの間、「『冒険』ブルー」に襲われていた(「田舎暮らしの生活」が身体に馴染んで、東京での生活に違和感を覚える現象)。年が明けてもその状態がつづいた。「このままだと身が持たないな。」と思っている矢先に、京都探訪で知り合ったT氏から連絡が入った。例の東京でのイヴェントの誘いだった。二つ返事で参加を表明した僕は一月下旬、渋谷の某所で開催された『島根ナイト』という名のイヴェントに潜入した。そこで待っていたのは全く新しい観点で、『移住』を捉えようとしている人間たちだった。「こいつは面白くなるぞ。」という予感がひしひしと伝わってきた_
「今夜、お集りいただいた皆様には『ご報告』という形で、先日の島根体験ツアーの様子と感想をお届けいたします。」_ 冒頭で挨拶をした人物は島根県の行政担当者だったのだけれど、これまで会ってきたどの行政担当者よりもユニークな人物で、今回の『ご報告』はツアー参加者(T氏をはじめ ITエンジニアたち)が語る内容だと宣誓した。会場に集ったメンバーもなるほど、IT関連の企業に勤める人間たち_外資系の超有名企業戦士たち_が多くて、今まで足を運んできたイヴェントの雰囲気とは全く異なっていた(堅苦しくなりがちな会場席も「体育座り」の姿勢で肩寄せ合うような形で参加した)。
この「ローカル × ディジタル」クリエイティブ移住を考える会、『島根ナイト』は昨年九月に隠岐諸島の海士町を訪れたメンバーがツアーの様子と感想を語り合うというシンプルな内容だったんだけれど、当日の会場の雰囲気がとっても良くて始めから突っ込んだ質疑応答が飛び交い、行政担当者やメンバーもそれに対応するという冒頭から「ウィンブルドンの試合を観ている」ような展開でこちらも思わず身を乗り出してしまった。IT関連の企業に勤める人間たちというのは良い意味で、「空気なんか読む」気がないので、予定調和を崩してくれてそういう意味で僕は畑は違うんだけれど彼らとは肌が合うなあと感じた。
僕はその夜、久しぶりに心の底から腹を抱えて笑い合って。その事を早速、僕を招待してくれたT氏や行政担当者の方に伝えたのだけれど。あとで冷静になって「今夜は一体、何が良かったんだろう?」って考えたら、やっぱりきちんと島根の魅力を伝えて、それを参加者の僕らと一緒に『共有する』ことが出来た点なんだろうなって思った。僕は性格上、昔から権威みたいなものが苦手で御国自慢や(『達人』たちの)武勇伝とかこれっぽっちも興味が無くて(むしろ、そういうのを格好悪いと思っている)、それよりは今回みたいに温かいユーモアを感じたり、磨きのかかった高いセンスを感じられる方が良いと思った。
次回はいよいよ島根探訪《開拓篇》がスタートします!!!!
乞うご期待っ!!!!





















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