島根県の東南端に位置しており、中国山地の峰々を隔てて広島県と鳥取県に接している。
入山前に出雲大社の宮司の方に教わったが、神話に名高い斐伊川の源流域にある。
この地帯は、古い書物では『古事記』『日本書紀』の八岐大蛇(やまたのおろち)退治や、
素戔嗚尊(すさのおのみこと)が降臨したと伝えられている「出雲神話」発祥の場所で
また世界で唯一、古来からの「たたら」操業を残す、『日本の物作りの原点』とされている。
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僕がお世話になった古民家ではテレビやラジオも無く、ダイヤルを回す黒電話が1つだけがあり
もちろんインターネットに必要な通信回線も引かれていなければ、ケータイの電波も届かない。
要するにテクノロジー環境で云えば、「縄文時代」にタイムスリップしたような場所だった。
古民家を修復した食事処で夕飯をご馳走になったのだが、家中は囲炉裏の灰で煤(すす)だらけ。
東京で生まれ育った、シティーボーイ(自称)の僕には相当なカルチャーショックだけれど。
それでも、囲炉裏を囲んで温かい食事を摂りながら真っ赤な炎を見つめているとリラックスできた。
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「家の中では、火を絶やしてはいけない。」_ 夕飯を提供してくださったご主人はそう云う。
家の中では、冬や夏でもつねに囲炉裏に薪を焼べて火を絶やさないようにしているらしい。
その理由は、囲炉裏の炎の熱や灰が家の中(屋根や梁)を守り、抗菌作用を働かせているから。
ご主人は囲炉裏の炎と薪の具合を調節しながら、ぽつりぽつりとここの暮らしについて語り始めた。
もともと関東の方で様々なキャリアを重ねてきたご主人は、数年前にご夫婦で奥出雲へ移住してきて
いまは無農薬農業やオーガニックコットンの栽培、古民家で農家レストランに挑戦されているという。
ちなみにこの時、夕飯でご馳走になったメニューは驚くほどどれもシンプルな料理ばかりだった。
馬鈴薯の子ども「むかご」を卵とオリーブオイルだけで焼いたオムレツ(めちゃくちゃ美味い)や、
自生した筍「まこも」の焼き物(トウモロコシの味に近い)を近海の藻塩だけでいただいたりと。
囲炉裏の炭火で調理された土地の野菜たちは、丁寧にうま味を引き出されどれも滋養に溢れていた。
テレビのCMでよく「美しい食卓」と唄われているけれど一体、それの何が美しいのだろう?
コンビニエンス・ストアで調理された総菜を買って、食卓に「綺麗」に並べることなのだろうか_
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滞在中、台風19号( Vongfong )が日本列島を縦断した。黒電話しかない古民家だったので、
進路や被害状況を情報収集するのは、この場所ではナンセンスに感じられたけれど
それでも最近は、集中豪雨による土砂災害も発生するので最低限の注意は必要だった。
予定されていた無農薬畑(そこは水の綺麗な山の頂にある)での収穫体験は延期になったが、
別の日に、「火のご主人」が栽培しているオーガニックコットンの畑にお邪魔させてもらった。
地元有志によるプロジェクトで奥出雲で作った綿製品を毎年少しずつ都会で紹介して販売している。
その他に数千羽の鶏を飼育している養鶏場を訪れたり、地元の温泉に浸かったりして過ごした。
当たり前だけれど僕が民泊していた辺りはとくに閑かで、朝はとにかく空気が美味かった。
少し個人的な話になるのだけれど、事情があって僕はもうここ5年くらい移住先を探していて。
その条件の一つに、「空気の美味い場所である」というのが前提にあった。そういう点では、
すぐに移住するわけではないけれど、ようやく候補地を見つけられたような気がした。
水が綺麗で空気が美味く、近くには自生する野菜が多くて、おまけに温泉もある。
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『THE CATCHER IN THE RYE』の中で、コールフィールド少年はとことん逃げてゆく。
息苦しい学校やその規則から、面白くない友達や大人から、とにかくとことん逃げてゆく。
そうして行き着いた場所でも、彼はまた裏切られてゆく。でも、『物語』は底抜けに爽やかだ。
生き苦しい都会で暮らしていると、「何か変だな。」といった直感力が鈍ってくるのは確実で。
僕はその原因が都会の、「美しくない食卓」と「繋がり易い環境」に在ると思っています。
これからは、「逃げるが勝ち(価値)」の時代が必ずやってくるとコットン畑で確信しました。










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